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大阪地方裁判所 昭和31年(モ)3193号 決定 1957年2月11日

申立人 伊藤忠商事株式会社

利害関係人 森太郎

理由

一、申立

本件申立の要旨は、利害関係人は、昭和二十七年十二月九日、債権者申立人、債務者加仁商事株式会社間の商取引による将来の債務のうち、極度額五百五十万円までについて、重畳的債務引受を約し、右引受債務の担保として、申立人に対し別紙目録<省略>記載の不動産の所有権を譲減し、かつ、代物弁済を予約した。しかし利害関係人は、目的物件のうち土地についてはその登記済証(所謂権利書)を交付せず、建物については自ら保存登記をせず所要の登記手続ができないので、土地については昭和二十七年十二月二十五日附、建物については昭和二十八年四月十三日附各大阪地方裁判所の仮登記仮処分命令によつて、それぞれ譲渡担保契約に因る所有権移転の仮登記がなされた。

ところでその後申立人と加仁商事株式会社間の取引残債権は金五百五十一万二千八百円となり、債務者及び引受人はいずれもその履行をしないので、申立人は昭和三十一年十一月二日引受人たる利害関係人方到達の書面により、本件物件全部を金二百万円と評価して利害関係人の債務の代物弁済として取得する旨の意思表示をした。そこで、右代物弁済に因る所有権移転の本登記をなすべきところ、登記義務者たる利害関係人はこれに協力しないのみならず、他の債権者により差押をうけるおそれがあるので、右本登記の順位保全のため、右物件につき「昭和二十七年十二月九日附代物弁済予約に基く昭和三十一年十一月二日代物弁済を原因とする所有権移転の仮登記」を命ずる仮処分命令を求める、というに在る。

二、理由

甲第一号証(公正証書正本)によれば、利害関係人は昭和二十七年十二月九日、債権者申立人、債務者加仁商事株式会社が同年同月三日附公正証書をもつて約定した極度額五百五十万円の商取引契約の約款を全部承認し、右取引により右債務者が申立人に対し負担すべき債務一切を重畳的に引受け、かつその所有にかゝる別紙目録記載の不動産(本件物件)を根担保とし、申立人に対しこれを無償で信託的に譲渡(内外共に完全なる所有権を移転)し、債務の履行遅滞の場合は右物件を適宜の方法で処分し換価金を弁済充当することができ、また換価処分に代え、債権者の認定する価格で、その対当額の債権の代物弁済として充当決済(その方法は、債務者に対する所有権移転の通知によつてなす)できること等の事項を約したことが認められ、次に甲第二号証の一ないし三(不動産登記簿謄本)によれば、その後本件物件につき、申立人主張の日附による当庁の仮登記仮処分命令をもつて、前記昭和二十七年十二月九日附譲渡担保契約に因る所有権移転の仮登記が経由されたことが明白である。さらに甲第三号証の一、二(内容証明郵便とその配達証明書)によれば、申立人はその主張の日に利害関係人に到達した書面により、同人に対し申立人主張通りの代物弁済実行の意思表示をしたことが認められ、本件申立は右の代物弁済実行による新たなる所有権移転を原因とする仮登記を求めるものであることは、申立の全趣旨(特に申立人の昭和三十二年一月二十二日附上申書の記載)により極めて明らかである。そこで、さきに認められた譲渡担保と、後の代物弁済との関係について考察する。

本件において認められるような譲渡担保の契約は、債権の担保という目的をもつて、手段としての所有権移転という行為(固より所有権移転の真意を伴う)をなすもので、(従つて、この契約により設定される権利は、譲渡担保権というが如き新種の担保物権ではない)、所有権の移転が内外共になされることが合意され特段の留保がなされない以上は、その所有権は全権能を挙げて、完全移転(物権的制約を伴わない)をなすものといわざるを得ず、(別の見解よりするいわゆる担保的移転なるものをいかに解するにしても、それを通常の移転と異つたものとして理解すべき判然たる標識を求め難く、又これを第三者に公示する適切な手段が許容されていない現時においては、その合意に副う実効を期待し得ないから、典型的な取引ないし契約型態として一般に是認される基磐を欠き、当裁判所の採用しない見解である)担保契約であることによる債権的制約は別として、所有権そのものに関する限り、担保提供者はその全部を失つたものであつて、同一当事者間において再度(二重)の所有推移転はその余地がないものといわざるを得ない。この関係において、譲渡担保の通常の債務決済方法としての目的物の換価処分に代え、いわゆる代物弁済予約がなされてあつて、その約旨に従つて、本件の如き代物弁済の実行がなされる場合は、一般にはこれを担保提供者の目的物返還請求権の喪失の効果を生ずるに止まるものと解し、改めて目的物の所有権移転がなされるものとは解しない所以は、右の点に存するのである。この意味において、譲渡担保契約と同時又はこれに後れてなさる代物弁済の予約は、これを独立した契約と見るよりも、むしろ譲渡担保契約に附随した特約ないし附款と見る方が妥当であつてその効力も通例のものと異る点があることが是認されねばならない。

本件において、さきに認定した譲渡担保と代物弁済予約とが同一書面によつて約定されていることが認められる以上それは譲渡担保の担保実行即ち債務弁済の方法に関する特約と解すべく、又その効果においても、右の予約に基き、さきに認定したような実行の意思表示によつて予約が完結したとしても、外部的には勿論、当事者の内部関係においても、所有権の物権的変動に関する限り、何も新らしい事態は発生しないのであつて、債権者たる申立人は単に担保契約に基く債権的な契約を解除され、担保提供者たる利害関係人の債権的返還請求権を消滅せしめたことにより、以後同人に対し所有権移転の債務を一切負担しないことになるに過ぎない。要するに、さきに発生した所有権移転なる物権変動が解除事由から解放されて安定するだけであつて、新しく登記原因たるべき物権変動は何等発生しないといえるのである。従つてまた登記原因の改訂もあり得ない。(右のような返還請求権の有無が登記面上窺い得ない結果になることは、公示の効果の点からは可なりの不便を来すべきことは否み得ないが、譲渡担保が目的と手段との不一致を含む信託行為としての本質より由来するものとして、或程度己むを得ないものと見なければならぬ。)

ちなみに、当事者の内部関係において所有権移転が留保されている場合については、代物弁済の実行により、内部関係においては新らしい所有権移転なる物権変動が発生することになるが対外関係における権利移転の効果は終始変らないから、対抗要件たる登記の原因行為としての物権変動としては、矢張り否定せらるべきではないかと考える。従つて、所有権の内外共移転の場合と結論を異にしないであろう。

本件においては、先発の譲渡担保契約は適法有効のものと認められるから、後発の代物弁済実行は、それが有効としても、登記原因になる余地はない。

申立人は、同一当事者間においても、仮登記に限り、原因たる法律行為の数だけ重複し得ると主張するけれども、それは原因たる法律行為の性質、条件の如何により、仮登記原因たる物権変動が競合して成立し得る余地のある場合の現象であつて、常に然るのではない。

又、本件においては先発の譲渡担保(これに因る所有権移転)は前認定の如くすでに仮登記されているが、後発の代物弁済(これに因る所有権移転)の仮登記が許されないとするのは、さきの仮登記が存するが故ではない。後の仮登記について仮登記原因がないからである。

以上述べたところにより、本件申立は、その余の点について審査するまでもなく理由がないから、これを却下すべきものとし、主文の通り決定する。

(裁判官 宮川種一郎)

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